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熊本地方裁判所八代支部 昭和31年(ワ)141号 判決 1957年2月05日

原告 鶴島サヨ

被告 高原清人

主文

被告は原告に対し金十六万五千二百三十九円を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その一を原告のその余を被告の負担とする。

事  実<省略>

理由

原告請求原因事実である被告が木工業者であつて、原告主張の小型貨物自動車を所有し、訴外塚本茂雄を雇つて貨物の運送をなしていること、昭和三十一年七月十三日午後四時頃八代市追分町道路において右訴外人が被告の事業を執行するため右貨物自動車を運転中不注意により右自動車を歩行中の原告に衝突させ、因て原告にその主張の傷害を蒙らせたこと、原告が右傷害により財産上、精神上の損害を蒙つたこと、被告が訴外塚本茂雄の使用者として、右訴外人が原告に加えた損害につき賠償責任を有することは被告の認めて争わないところである。

被告は原告の蒙つた損害額を争うから順次判断するに、

一、財産上の損害の範囲及び数額

(一)  医療費及び薬代等

成立に争のない甲第一号証、第二号証の一乃至三十八に証人平田美稔の証言、同山田八重子の証言の一部を綜合すれば、原告は昭和三十一年七月十四日前記傷害を受けて八代市妙見町所在八代市国民健康保険組合直営病院に入院し医師平田美稔の治療を受け、同年十月十五日まで入院したこと、同日以後同年十一月三十日までは熊本大学医学部附属病院第一外科に入院したこと、その間医療費、薬代及び氷代として三万四千九百六十四円を支払い、尚健康保険組合直営病院より診療費、食費等(付添食費を含み、純患者食費を除く)として金六万二百七十五円の請求を受け同額の債務を負担していることが認められる。従つて原告が以上合計金九万五千二百三十九円の財産上の損害を蒙つたことは明かである。

(二)  患者食費及び諸雑費、(三) 附添婦日当、食費

証人山田八重子の証言、同証言により成立を認められる甲第六号証の一、二、同第七号証、同第八号証の一、二を綜合すると、右(二)の患者食費及び諸雑費は原告の実子である訴外山田八重子(二十五歳)が原告の看護のため支出した諸費用であり、(三)の附添婦日当及び食費は右訴外人自身附添婦として原告の看護に従事したので、右看護に従事したことにより、右訴外人の喪失した他に勤務して得べかりし利益及び看護に従事中自己の食費として支出した諸費用であることが認められる。しかしながら、訴外山田八重子は原告の実子として法律上扶養の義務を負うものであつて、実親たる六十四歳の原告が負傷により入院した場合にこれが看護に従事すべきことは当然の事理であり、格別の事情がない限り、右訴外人が右看護のため支出した諸費用及び前記喪失した利益を原告に求償する権利はないものというべきである。してみれば右諸費用が原告の前記創傷の治療のため支払われ、訴外山田八重子が前記看護のため他に勤務して得べかりし利益を喪失したとしても、原告はこれに対し何等の債務をも負うことはないから、この部分については財産上の損害を受けていないものといわねばならない。従つて前記(二)(三)の費用その他については、事実上損害を蒙つた右訴外人において損害賠償の請求をなすは格別、原告が右請求をなすのは失当たるを免れないものというべきである。

二、精神上の損害額

成立に争のない甲第一号証、同第五号証の一、二同号証の三の一部、同号証の五乃至七、証人平田美稔、同山田八重子の各証言を綜合すれば、本件事故発生当日の天候は晴天であること、現場は熊本市から八代市に通ずる国道であつて幅員約八米略直線にて見通しが可能であること、附近に公安委員会による制限速度一時間三十二粁の標識が立つていること、訴外塚本茂雄(二十三歳)は当日前記国道を被告所有の前記貨物自動車を運転し、制限時速を超える一時間約四十粁の速度で八代市萩原町から同市宮原町方面に向け進行したこと、事故発生の直前頃右塚本茂雄は右貨物自動車助手台に同乗していた被告の妻訴外高原マルエと話しながら運転し前方を注視していなかつたこと、原告は右貨物自動車の前方道路右側を右貨物自動車と同方向に向け歩行中前方から進行し来たる宮原警察署ジープを避けようとして左側に横断しようとしていたこと、原告が右道路を横断して左側端から約二米の地点に達した際訴外塚本茂雄はその前方約七米の地点で原告が発見し、(その間警笛も鳴らさない)急停車の措置を講じたが及ばず右貨物自動車の左側前部を原告に衝突させて原告をその場に転倒させ因て同女に前記傷害を負わせたものであること、原告は右傷害により同月十四日朝まで意識を喪失し、その後四日間位昏睡乃至嗜眠状態を続け、その後意識がはつきりしてくると目まい頭痛がひどく、又難聴となり、全身に振顫がひどく現われたこと、以上の症状は一進一退して約一月位経過した後ようやく軽方に向い受傷後五十日目に短時間なら床上に坐れるようになつたこと、しかしながら右症状は全治するに至らず、昭和三十一年十一月五日当時(熊本大学医学部付属病院第一外科所属医師の診断による)前記頭部の受傷によりその後遺症として軽度の脳底萎縮傾向及び大脳凸面部に軽度の慢性蜘網膜炎、両側内耳性難聴、体平衡失調及び大後頭神経、三叉神経症候群による頑固な頭痛を呈していること、本件口頭弁論終結時の昭和三十二年一月十一日当時においても臥床した侭自宅において治療を継続していることが認められる。成立に争のない甲第五号証の三、四、同号証の八中右認定に反する部分は措信しない。しからば、本件事故は訴外塚本茂雄が運転速度及び前方注視義務を守ることによつて容易に避け得られたものであることが明かであり、これによつて原告の受けた傷害の程度は前記後遺症によりなお治療の継続を要する事情にあるので右傷害により原告が多大の苦痛を受けていることは推認するに難くない。以上の事情に前記原告の年齢境遇等を参酌するときは原告の精神上の損害に対する慰藉料は金七万円が相当である。しからば被告は原告の財産上の損害金九万五千二百三十九円及び精神上の損害金七万円、合計金十六万五千二百三十九円を原告に支払う義務があるものというべきであるから原告の本訴請求を右限度において正当として認容し、その余を失当として棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 西辻孝吉)

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